1867年、ピウス9世の在位21年を記念して、教皇領(バチカン)は希少で人気の高いプルーフ仕上げ(艶出し加工)の5リラ銀貨を発行しました。本コインは、ローマ造幣局で鋳造され、ドイツの彫刻家カール・フリードリヒ・フォークト(C. Voigt)の署名が入っています。
発行年である1867年は、ピウス9世が長期政権の折り返し地点を迎えた節目でもありました。同時にこの時代は、イタリア統一運動によって教皇領が縮小を迫られる激動の時代でもあり、本コインは失われゆく教皇国家の尊厳と精神的権威を象徴する記念的意義も帯びています。
卓越した品質と鏡面仕上げ – 1867年5リラ銀貨
本コインは、コイン鑑定機関NGCにより、PF(プルーフ)65の評価を受けています。プルーフ仕上げとは、研磨された金型とブランク(コイン素地)を用い、丁寧に打刻されたコレクター向け特別仕様であり、鏡面のように輝くフィールド(背景)と、わずかにフロスト仕上げが施されたデザイン(肖像や文字)とのコントラストによって、カメオ効果と呼ばれる美しい視覚的表現が生まれます。
本コインにおいてもそのカメオ効果は明瞭で、ピウス9世の肖像が光沢のある背景からくっきりと浮かび上がり、精緻な彫刻技術と相まって高い美術的価値を誇ります。プルーフ版は一般流通用ではなく、贈答や展示を目的とした極めて少量の特別鋳造品であり、1867年のローマ造幣局における技術の粋を結集した一枚といえるでしょう。150年以上の歳月を経てもなお、その輝きを保つ希有な存在です。
唯一のTop Pop – 世界でただ一つのプルーフ認定品
本コインの1867年の5リラ銀貨は、NGCによって「トップポップ(Top Pop)」と認定されています。これは、同一種のコインの中で最も高いグレードで登録されている個体を指します。特筆すべきは、NGCによってプルーフとして認定されている個体が本コインのみであるという事実です。教皇領の5リラ銀貨は1866年から発行が始まり、1867年銘の発行枚数はわずか約5,800枚と非常に少数でした。プルーフ仕様の個体はさらに稀であり、流通用とは異なる特別製造のため、現存すること自体が極めて珍しいとされています。本コインはその中でも唯一、PF65という高評価で鑑定された、まさに”一点モノ”の存在です。
美術的・歴史的価値、そして鑑定上の希少性が揃った本品は、トップコレクターや資産家にとっても特別な魅力を放つ逸品です。
正面
教皇ピウス9世の左向き胸像が精緻に描かれています。銘文「PIVS IX PONT. MAX. A. XXI」は、「ピウス9世・最高司祭・在位21年(=1867年)」を意味し、教皇権の永続と統治の節目を記念する意義が込められています。胸像下部には、彫刻を手がけたドイツ人彫刻家カール・フリードリヒ・フォークト(C. VOIGT)の署名(※)が刻まれています。フォークトはローマ造幣局のために多くの高品質な貨幣肖像を制作した人物で、彼の精密なタッチは本コインにも色濃く表れています。
カール・フリードリヒ・フォークト(Carl Friedrich Voigt, 1800年 – 1874年)は、19世紀ドイツの代表的なメダル彫刻家であり、バイエルン王国ミュンヘン造幣局を拠点に活躍した人物です。新古典主義の影響を受けた彼の作風は、構図の対称性と精緻な肖像彫刻を特徴とし、ヨーロッパ各地で数多くの記念メダルや貨幣のデザインを手がけました。
フォークトは若年より彫刻の才能を示し、ミュンヘン美術アカデミーで学んだのち、バイエルン王国の造幣局で正式に職を得ました。彼の技術はすぐに高く評価され、バイエルン王ルートヴィヒ1世の治世下では国家的なメダルプロジェクトに関与。肖像表現における彼の手腕は、精確さと威厳、そして人物の内面を静かに映し出すような美しさを備えていたと評価されています。
1860年代にはローマ造幣局とも関係を持ち、特に教皇ピウス9世(Pius IX)の在位期において、教皇領で発行された複数の銀貨やメダルのデザインを手がけました。その代表作のひとつが、1867年発行の5リラ銀貨(プルーフ仕様)です。
本コインの表面(オブバース)に刻まれた「C. VOIGT」のサインは、フォークト本人による彫刻であることを示すものであり、左向きのピウス9世の胸像にみられる髭や髪の繊細な流れ、目元の陰影、衣服の布地の質感表現などに、彼の卓越した技巧が存分に発揮されています。
フォークトの作品は、単なる貨幣や記念メダルを超えて、時代精神と国家的メッセージを刻む「歴史芸術」としての評価を確立しました。とりわけ教皇領においては、イタリア統一戦争と世俗権の喪失が進む中、失われゆく神権の象徴として、ピウス9世の威厳と教皇庁の権威を美術的に伝える存在でもありました。
現在も彼の作品は、ドイツやバチカン、フランスなどの主要博物館や国立造幣局のアーカイブに収蔵され、貨幣芸術の黄金時代を代表する名匠のひとりとして、研究・コレクションの対象となっています。
後退(反向)
額面「5 LIRE」と年号「1867」が中央に大きく配され、その上下を「STATO PONTIFICIO(教皇領)」の銘文と、平和と堅固さを象徴するオリーブとオークの枝で構成されたリースが取り囲んでいます。このリースは、カトリック世界の安寧と永続性、ならびに教皇庁の精神的指導力を視覚的に象徴しています。下部には、製造地であるローマ造幣局を示すミントマーク「R」が刻まれており、正規の公式発行品であることを保証しています。
この1867年の5リラ銀貨は、ピウス9世の在位21年を刻む教皇領最後期の大型銀貨であり、19世紀ヨーロッパの宗教・政治・芸術が結晶した作品です。世界で唯一のPF65プルーフ認定という評価を受けており、Top Popとしてその希少性と品質を世界に証明しています。
デザインにはフォークトの彫刻技術が光り、表面の威厳あるピウス9世像と、裏面に配された平和と力を象徴するリースが、時代の精神と教皇庁のメッセージを雄弁に物語ります。
唯一無二の存在として、このコインは歴史と芸術をコレクションする者にとって、永く語り継がれる価値を持つことでしょう。